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明倫小学校上空に・・・

1月28日の正午前、明倫小学校上空に幾つもの白い物体が漂っていました。
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正体は、明倫小学校児童の手作り凧の凧揚げでした。デジカメで拡大して見ると昔ながらの和凧ではなくて、ビニールなどを使って簡単に作れて、とても良く揚がるという左右から糸目がとってあるしっぽのない凧でした。
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松と白壁、南門と本館校舎の風景に溶け込んで見とれてしました。
萩市では、見島の鬼ヨウズが有名です。男児の生まれた家の親戚知人が年末に材料を持って集まり、畳6畳から8畳もある鬼の絵を描いた大きな凧を作ります。これを正月にあげ、高く上がれば上がるほど男児は元気に育つと言われています。
Fでしした
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by hagimachihaku | 2010-01-28 13:27 | まち博の風景  

歴史上の人物と「リンク」できるまち 萩

自分と歴史上の人物が「リンク」する
って、なんだか素敵な言い方だと思いませんか?

この言葉はモデル・女優の杏さんが、AERAの歴史特集の中で使われていたものです。
彼女は「歴女」であることを公言し、2009年の流行語大賞には歴女を代表して登場したほどの歴史好きだそうで、大変うれしいことに、これから行ってみたい先に萩を挙げてくださっていました。
→asahi.com「『歴女』代表の人気モデル杏さん、史跡めぐりの魅力を披露」(1/14)

そんな杏さんをはじめ全国の歴女のみなさんにもおすすめしたい場所をご紹介したいと思います。

b0181333_16591992.jpg萩を訪れる方にとっては基本の「き」である松下村塾はもちろんですが・・・



ここから少し歩いて登った場所にある、吉田松陰誕生地がおすすめの史跡です。

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小高い丘になっているので、萩の市街地=城下町を一望することができます。城下町の向こうには、お城のあった指月山、そして日本海が広がっていて、同じような風景を幕末の志士たちも眺めていたのかな・・・と思うと、なんだか不思議で、まさしく“自分と歴史上の人物が「リンク」する”感覚におちいります。

村田清風が論じ、吉田松陰も影響を受けた「四垰の論」も、この景観をみていると納得が行く気がします・・・


*Aでした*
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by hagimachihaku | 2010-01-18 13:39 | まち博の風景  

龍馬が萩に来た!

今年のNHK大河ドラマが「龍馬伝」ということで、テレビではバラエティ番組もCMも龍馬がよく登場しているようですね。

龍馬は萩を訪れたことがあり、桂小五郎や高杉晋作、久坂玄瑞とも接点があったそうです。
萩博物館では「晋作と龍馬」という企画展も開いたことがあります。

そこで、何かこのブログのネタになりそうなことがないかな~と、ぱらぱらと資料をめくっていたら、ふと目に入ってきた「一月十四日」の文字。今日の日付ではありませんか!

当時は旧暦なので、換算すると違う日になってしまうのかもしれませんが、あくまでも日付が共通するということで、148年前の今日、龍馬と萩の間に何がおこっていたかというと・・・

文久2年(1962)1月14日、龍馬は武市半平太の手紙を久坂玄瑞に渡すため、萩を訪れました。この日の夜は松本村の旅館に泊まり、翌日からは、江向の諸国文武修行者宿に移りました。23日までの滞在中、松陰門下生たちとワラ束を切ったり、藩校明倫館にある剣槍術場・有備館で剣術の試合をしたこともあったのではないかといわれています。
同年3月に龍馬は土佐を脱藩していることから、萩での志士たちとの交流がなんらかの影響を与えたといわれています。

b0181333_14512779.jpg松本村の旅館は、現在、松陰神社の駐車場になっていて、跡地には「薩長土連合密議之地」の碑が立っています。



b0181333_1453067.jpg有備館は現在も昔の姿のまま、藩校明倫館跡に建っています。


b0181333_1453252.jpg「他国修行者引請場」と書かれた看板も・・・



諸国文武修行者宿は、藩校明倫館のすぐ近く、現在の萩裁判所の西側にあったそうです。

龍馬を追って、萩を歩いてみてはいかがでしょうか?

*Aでした*


↓参考地図です


参考資料:萩博物館企画展図録『晋作と龍馬』ほか
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by hagimachihaku | 2010-01-14 17:09 | まち博の物語  

渡辺蒿蔵旧宅の修理

萩の景観重要建造物に指定されている渡辺蒿蔵旧宅の修理工事が行われています。
今年度は、根太や梁等主体構造部の痛みのひどい部分と屋根の補修を中心に工事が行われます。
平成23年までに主屋、土蔵の保存修理を行い、渡辺蒿蔵の紹介コーナー等を設置する計画です。
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渡辺蒿蔵は、天保14年(1843)萩藩士渡辺某の子として生まれました。同じく藩士天野家の養子となり、安政2(1855)年以来、天野清三郎と名乗りました。15歳の時に吉田松陰の松下村塾に入りました。松下村塾時代は天野清三郎で、海外留学から帰国した明治7年に渡辺に復籍し、渡辺蒿蔵となりました。
明治維新後工部省に入り、長崎製作所で近代造船の発展に尽力し、明治16年長崎造船局の初代局長となりました。
Fでした
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by hagimachihaku | 2010-01-07 13:09  

明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。
昨年の暮れに雪が降りました。福栄地域でも少し積雪がありました。
気温が低かったためパウダースノーで、雪だるまには適さない雪で、しかも少量のため小さい雪だるまになってしまいました。
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1月2日にはすっかり消えてしまいました。
Fでした
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by hagimachihaku | 2010-01-04 08:31