菊ヶ浜

私が観光課の頃よく菊屋家を訪ねることがありました。
菊屋家とは、萩城城下町の中心にある国指定重要文化財『菊屋家住宅』のことです。

私が訪ねると、菊屋家の奥さま(ご主人は元萩市長)が
菊屋家のことや萩のことなどいろいろと話してくださいました。

その話の中の一つをご紹介します。

それは、現在山口県を代表する海水浴場である『菊ヶ浜(きくがはま)』の話です。
『菊ヶ浜』は白砂青松の美しい浜で、
夏には多くの海水浴客が訪れています。

この『菊ヶ浜』、昔は『阿古ヶ浜(あこがはま)』と呼ばれてたそうです。
その『阿古ヶ浜』が、菊屋家の名前をとって『菊ヶ浜』と呼ばれるように・・・。

なぜ『菊ヶ浜』と呼ばれるようになったのか?

何度も奥様から聞かされたのに、記憶があいまいなので、
『菊屋家住宅』のホームページを参考に紹介します。

菊屋家は、慶長九年(1604年)輝元の萩入国に従い、
現在地に屋敷地を拝領して家を建てました。
また城下の町割りに尽力し、阿古ヶ浜には藩士や足軽衆のための家を建てて住まわせたので、
それより世上阿古ヶ浜を菊ヶ浜と称するようになりました。
その後、菊屋家は代々大年寄格に任命され藩の御用達を勤めました。

浜の名前にも歴史と物語がある『萩まちじゅう博物館』に、
是非一度お越しください。
(Y)
[PR]

# by hagimachihaku | 2009-11-26 11:03 | まち博の物語  

萩と石巻

毎月2~3件、全国の自治体や議会のみなさんが、
まちじゅう博物館の視察に来萩されます。

今月の11日には、宮城県の石巻市議会のある会派のみなさんが
視察のため来萩されました。
石巻市議会の来萩は昨年に続き2回目です。

昨年、初めて石巻市からお迎えするにあたって、
萩と石巻の関係を調べましたが、
想像通り何もありませんでした。

石巻の話をしていると、萩博物館の副館長からある人物の話を聞きました。
副館長も市内でボランティアガイドをしている方から聞いたとのことでした。


その人物は、『川村孫兵衛重吉』

なんと萩出身で、石巻市の基礎を築いたひとなんです。

石巻市に建つ『川村孫兵衛』の銅像の碑文には、
次のように記されています。

天正3年(1575)長州(山口県)に生まれる。
毛利家に仕え、二十代前半、伊達政宗の家臣となる。
治山治水に優れた技術を発揮、政宗の命令で北上川改修工事の責任者となる。
工事は元和2年(1616年)から寛永3年(1626年)に至り、
工事費ねん出のため自ら借財、あるいは工事現場に泊まり込むなど、
筆舌に尽くせぬ労苦を重ねる。
この大改修により石巻から盛岡に至る舟運が開かれ、
葛西家滅亡後寒村に過ぎなかった石巻は一躍米の集散地となる。
河口周辺には仙台、盛岡、一関、八戸各藩の米倉が立ち並び、
江戸へ米を運ぶ千石船が往来繁栄を極めた。
治水に伴って流域では32万石余の新田開発も行われ、
地域の発展に計り知れない恩恵をもたらす。
工事完成後は石巻に住み、慶安元年(1648年)、74歳で世を去る。
河北新報社は石巻市制施行50周年に当たり、
港町石巻の基礎を築いた大恩人としての業績を後世に伝えるためここに川村孫兵衛重吉の銅像を建立、
石巻市民に寄贈する。

昭和58年(1983年)8月1日
河北新報社
銅像題字 一力一夫 河北新報社社主・会長
銅像制作 翁 観二

川村孫兵衛は、萩市の三見地区の出身といわれています。

遠く東北の地で、萩出身のひとが大恩人として崇められているのです。
(Y)
[PR]

# by hagimachihaku | 2009-11-25 09:40 | まち博の物語  

萩の伝説その1

今日は萩の伝説を一つお話しましょう。

その伝説は、『山伏伝説』


むかし、兼道秀太郎という山伏が、諸国を巡ってこの萩の町まできたとき、
住吉神社夏祭りを前にして町はその準備に大わらわであった。
いつも、各町内は踊車(おどりぐるま)の先行の順序を決めるくじに血眼(ちまなこ)になるのだが、
この年の引受町、今魚店(いまうおのたな)では、この通りがかりの山伏に占ってもらった。
くじは当りと出た。
さて当日となり、そのくじの外れたのを知ると、町民は憤激して山伏を袋叩きにし、
この町の辻に生き埋めにした。
いまその霊を慰めるため、町内の土塀の一角に、その碑が組込まれている。


ちょっと物悲しい伝説です。
[PR]

# by hagimachihaku | 2009-11-24 13:42 | まち博の物語  

小岩井農場

岩手県にある「小岩井農場」は日本最大(約900万坪)の敷地を誇る民間総合農場です。

では、この農場の名前は、なぜ「小岩井」と名付けられたのでしょうか?

小岩井農場は1891(明治24)年に開設され、
共同創始者である
小野義真(日本鉄道会社副社長)
岩崎彌之助(三菱社社長)
井上勝(鉄道庁長官)
の三名の頭文字をとって「小岩井」と命名されたのです。

「井」の井上勝は、萩市出身で「鉄道の父」と呼ばれている人です。

井上勝は、1863(文久3)年に下関で攘夷戦争を行っていた長州藩が、
密かにイギリスに派遣した5人の若者(長州ファイブ)の一人です。

井上勝はイギリスで鉄道を学び、
帰国後は日本全国で鉄道の敷設に尽力し、
初代鉄道庁長官になった人です。

みなさんが「小岩井農場」の製品を手に取られたとき、
「井」の井上勝のことを思い出してください。
(Y)
[PR]

# by hagimachihaku | 2009-11-21 07:05 | まち博の物語  

萩ものしり博士

11月29日の日曜日、今年も「萩ものしり博士」検定が山口福祉文化大学で行われます。

ものしり博士の検定も今年で5回目となります。

昨年からは小学生を対象にした「子どもものしり博士」検定も始まりました。

「子どもものしり博士」検定は、「萩ものしりブック」に掲載されている103問から
50問が出題され、40問以上の正解で合格になります。

今日はその「萩ものしりブック」の1問を紹介しますので、考えてみてください。

問 江戸時代、萩城下で禁止されていた行為はどれでしょう?
   ①辻踊り   ②辻相撲   ③辻煙草

わかりましたか?なかなか難しいでしょう?

答えは③の辻煙草です。
萩城下では、路上で煙管(きせる)を吸う辻煙草が禁止されていました。
見つかると罰金を取られたんです。

辻踊りは路上で踊りを踊ること、辻相撲は路上で相撲をとることです。

来年はみなさんも「萩ものしり博士検定」に挑戦されませんか?
(Y)
[PR]

# by hagimachihaku | 2009-11-20 09:07 | まち博の取り組み