村田清風 

天保の改革で、財政改革として、倹約を勧め産業を興す。軍備の拡張。教育の奨励。現在にも共通する部分が多いテーマに取組み見事成し遂げた村田清風。
清風のいう、四峠(しとう)の論に、吉田松陰も影響を受けたと言われています。
その旧宅跡が平安古にあり、現在も長屋門が現存しています。
清風は、長門市三隅の出身で、三隅には旧宅と墓があります。
四峠(しとう)の論
萩の地は、三方を山に囲まれ四つの峠がある。外敵を防ぐには都合はよいが、ものを見る視野が狭くなり時勢の進歩に取り残される。この峠を越えて出遊しないと天下の大勢がつかめない。
b0181333_19111334.jpg

平安古の旧宅長屋門
b0181333_19122662.jpg

誕生から19歳までと63歳から73歳で亡くなるまで住んだ 三隅の旧宅 三隅山荘(国指定史跡)
b0181333_19163683.jpg

日本海が一望できる墓
Fでした
[PR]

by hagimachihaku | 2009-06-18 19:21 | まち博の物語  

<< まちじゅう食材 一分銀 >>